誰にでも過去があるものです。
ワタクシは寄生の人生を歩んできました。
そんなワタクシを愚かだと笑う人もいるでしょう。
でも、今更生き方を変えらない。
最初にワタクシを褒めてくださったのは、誰もが知っている高貴なあの方。
ワタクシの身なりを気に入って、手厚く面倒をみてくださいました。
ワサビの恋
スポンサーリンクワタクシの葉っぱが三つ葉葵に似ていると、たいそう喜んで、奥方には内緒で門外不出にして囲ってくださいました。
徳川家康様。
ワタクシの匂いは他の方とは違うようです。
家康様のような匂いフェチの方は、ワタクシをとても大事にしてくださるんです。
ツンとくる刺激臭、苦いような辛いような痺れるような匂いが好きだという殿方、奥方様達に可愛がって頂くことを生きがいにしております。
家康様亡き後、ワタクシはお蕎麦に寄生するくらいしか生きるすべがありませんでした。
家康様という後ろ盾が無くなったワタクシの面倒をみてくださる奇特な方は、お蕎麦様だけだったでございます。
お蕎麦の薬味という地位。
三つ葉葵に似ているともてはやされたワタクシは、お蕎麦様の横にチョンと座り、ネギ様と同じ皿で出番を待つ儚い身になってしまいました。
お蕎麦しか食せない貧乏人達の慰み者になっても、ワタクシは生きていました。
このまま生きていくしかないのかと諦めていた時、新しいご主人様がワタクシを見付けてくださったのです。
華屋与兵衛様。
お蕎麦の薬味として、毎日ボロボロになるまで低賃金で下働きをしていたワタクシの手をとって、違う行き方を示唆してくださった華屋与兵衛様。
ワタクシは華屋与兵衛様を信じて、喜んでこの身を捧げることにしたのです。
あの頃は、お寿司といえば押し寿司でございました。
華屋与兵衛様はワタクシの亭主に醤油様を見付けてくださり、お寿司として売り出したのです。
これが大当たりをして、お江戸の町は騒然となりました。
ワタクシを一目見たいという方々が押し寄せる毎日になったのです。
けれど、幸せは長く続かないものでございます。
華屋与兵衛様は、政府の出した贅沢禁止令により投獄されてしまいました。
ワタクシと醤油様は命からがら逃げおおせましたが、華屋与兵衛様は亡くなってしまったのです。
この上、醤油様にも捨てられたらと思うと生きている心地がしませんでした。
醤油様は粋でいなせな方なので、モテモテでしたから。
幸い相性がピッタリなので、数々浮気はされても長く夫婦生活が続いております。
男女の仲は相性がとても大切。
子供でも出来ればもっと深い契りになったと思うのですが、ワタクシは子供に嫌われる宿命なのでございます。
「ワサビはイヤだー!」
子供には泣いて嫌がられます、オヨヨ。
大人になって、ワタクシの存在が気になってくる年頃になるまで待つより仕方がありません。
光源氏が紫の上の成長を待ったように。
ワタクシは待ち続けます。
最近では、またワタクシの地位が落ちてきました。
回転寿司とかいうお店に声を掛けられたので出稼ぎに出ているのですが、あまりに手荒い仕打ちを受けているのです。
仲間であるはずのガリ様は、朱色の箱に入って高貴なイメージでもてはやされているのに。
ワタクシはレーンの上に乗せられ、てんこ盛りにされて廻されているんです。
廻されるワタクシを笑う醤油様とガリ様。
恥ずかしくてたまりません。
ワタクシも朱色の箱に入りたい。
更にスーパーでは、刺し身売り場の横で「ご自由にお持ちください」などと籠に盛られています。
あの、どちらからも開封できないワサビパックです。
偽物まで出てきました。
ワタクシもその昔は、三つ葉葵に似ているといわれた身。
腐っても鯛でございます。
ワサビの根茎はとても高価なんざます。
百gで千円から二千円もしますでしょうか、なかなか庶民には手が出ないでごさいましょう。
無料で配られたり、チューブになっているような練りワサビは偽物でございます。
西洋ワサビに着色をして「本ワサビ」などと名乗っているやからです。
日本加工わさび協会の基準では、原料がわさびの使用量が50%未満の場合は「本わさび入り」、50%以上の場合は「本わさび使用」を表記してよいとされています。
西洋ワサビ様とは、あのハイカラな食べ物「ローストビーフ」に寄生している白いお方。
同じように寄生して生きておられる方を悪く言いたくはございませんが。
整形メイクを施して、色白だった西洋ワサビ様が緑色になってワタクシをコピるなんて、悲しい時代になったものです。
主役になれないワタクシ達は寄生して生きていくしかないのですが、まさかあのお方がそこまで身を落とすとは。
世知辛い世の中でございます。
寄生して生きている儚い身のワタクシですが、実は昔からあるお方に恋をしております。
ここまでカミングアウトをする気になったのも、西洋ワサビ様の生き様を見て、寄生生活に限界を感じたからかもしれません。
鮫肌のあのお方。
ワタクシは鮫皮のおろし器様のトリコ。
お慕い申し上げております。
鮫皮様。
金属のおろし器とは相性が悪いのです。
ワタクシにピッタリなのは鮫皮様の他にはありません。
どうかワタクシをその肌で感じて欲しい。
いつかあのお方と添い遂げることがワタクシの夢でございます。
オホホホ
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